2018年1月22日

【第2話】効果的な企業のメンタルヘルス対策とは(宮川浩一)

従業員のメンタルヘルス不調は、中小企業に大きな損失をもたらします。不調者を出さないための「0次予防」や、従業員のストレス対処力を向上させる取り組みを紹介します。

1. ポジティブなメンタルヘルス対策の取り組み

前回は、中小企業で最も取り組むべきメンタルヘルス対策は「0次予防」という話をしました。

0次予防とは、自然な形でのメンタルヘルス対策を可能とするような、ポジティブな取り組みを指しています。職場の生産性向上や業績アップなどを通じ、結果としてメンタルヘルス不調者の発現を抑えます。2015年に法施行された「ストレスチェック制度」の趣旨・目的でも、職場環境改善が奨励されていますが、さらに一歩進めて組織開発アプローチに取り組むことが0次予防の実践につながります。

組織開発とは、組織の効果性と健康性を高め、組織が環境変化にタイミングよく適応していくために、組織を動かしている人の価値観や態度、風土、人と人との関係などをより良い方向に変革を図っていくことです。0次予防の組織開発は、個人ではなく、個人同士の関係性に働きかけていくことで孤立を防ぎ、一体感のある組織づくりを目指します。職場の風通しを良くして、良好な人間関係を築くことも可能になります。

ここで0次予防の組織開発を考えるうえで、参考になる概念をご紹介しましょう。職場のストレス状況を踏まえた対策を考えるうえで、重要な概念のひとつとして「首尾一貫感覚(sense of coherence:SOC)」を挙げることができます。SOCは、ストレスの対処能力を測る指標で、いわゆる「打たれ強さ」を醸成していく3つの精神的要素のことです。詳しくは後述しますが、メンタルヘルス用語としてよく聞かれる「レジリエンス(resilience:復元力、回復力)」や「ハーディネス(hardiness:たくましさ、忍耐力)」という概念と同様に、近年注目が高まっています。

2. ストレス対処能力をアップする「首尾一貫感覚(SOC)」とは

SOCの概念は、第二次世界大戦中にユダヤ人強制収容所から生還したユダヤ人のフォローアップ研究から誕生しました。アーロン・アントノフスキー博士により提唱された健康生成論(どうやったら健康になれるか)の中核概念です。SOCは3つの感覚から構成されています。

・様々な身の回りの出来事に対し、ある程度予想でき、どのようなものか理解できるという「把握可能感(わかる感)」
・なんとかなる、なんとかやっていけるという「処理可能感(できる感)」
・自分にとって意義ある挑戦とみなせる「有意味感(やるぞ感)」

言葉だけだと難しいのですが,SOCとは自分の生きている世界が「首尾一貫しているという確信の感覚」、「筋道が通っている、腑に落ちるという感覚」です。コヒアレント(coherent:整合性)という言葉で表されることもあります。もっとわかりやすく言うと、自分や日々の生活の出来事について、不本意であったとしても「まあ、しょうがないな」「まあ、いいか」と納得して受け入れられる感覚のことです。さらに、不本意な出来事に対して「これには何らかの意味があり、なんとかなるに違いない」という確信を持つこととも言えます。SOCは、持って生まれた素質や性格ではなく、その人の生き方や物事の受け止め方、向き合い方、関わり方、志向性などに大きく影響され、生まれてから後天的に獲得される感覚とされています。

職場における様々な研究において、このSOCはメンタルヘルスの悪化を防ぐ方向に働くことが報告されています。職場のSOCをテーマにした研究は、米国やヨーロッパをはじめ世界的にも多く行われています。社員1人ひとりのSOCが上がれば、心身の健康も保たれ、企業の生産性の向上、成長につながるとされ、企業として社員のSOC向上に取り組む価値は大きいでしょう。

SOC向上につながる職場の経験としてアントノフスキーはいくつかの要素を挙げています。その中の主な要素として「仕事上の喜びや誇り」、「自由裁量度」、「仕事の複雑さ」、「価値観の共有」があります。これらを満たす職場環境や仕事の取り組みが、SOCを向上させるのです。

3. 職場の問題解決の取り組みがメンタルヘルスを向上させる

では、「仕事上の喜びや誇り」、「自由裁量度」、「仕事の複雑さ」、「価値観の共有」を満たす取り組みとは、具体的にどのようなものでしょうか。SOC向上に効果的な手法をひとつご紹介しましょう。

現在筆者は、生産性の向上や自律な職場風土づくりを目的として、「アクションラーニング」等の、企業に対して各種問題解決プログラムを通じた業務改善指導も行っています。アクションラーニングとは実際の業務上の課題や問題を、チームで情報共有し、解決策の検討を行うものです。参加しているメンバーの多様な視点や考え方によって、根本的な問題点を発見し、解決策を立案し、問題解決するまでを行う取り組みを言います。

アクションラーニングには様々な手法がありますが、アメリカの多国籍企業GE(ゼネラル・エレクトリック)で行われていたものに「ワークアウト」があります。日本の製造現場で行われているQCサークルのように現場の自発的な取り組みでなく、トップダウンで行われるもので、現場での現実的な問題について検討し、その解決策を実践するものです。一連のプロセスを通して学習効果と成果を得ていきます。理論中心の研修に見られるような学習内容と現実問題との乖離を解消し、経験を通して行動の変化を促すことを目指します。

ワークアウトの要件として、実際の問題とリンクしていること、試行錯誤の経験をさせること、そのプロセスについて内省・検証を行うことが挙げられます。一般に、メンバーを選出してチーム編成し、具体的な経営課題に取り組む、というスタイルで行われます。この中では、問題の特定と解決策の立案、提案、承認を経て計画・実行まで、すべてチーム自らが対応しますので、まさに先述した「仕事上の喜びや誇り」、「自由裁量度」、「仕事の複雑さ」、「価値観の共有」等SOC向上につながる職場の要素を含むものになっていることがわかります。

このプログラムを推進するには、半日~1日の時間の確保と、セッションの場をスムーズに進めるためのファシリテーター(チームが効果的に機能しているかチェックする進行役)などが必要です。ワークアウトを行うには多少のスキルは必要ですが、書籍などを通じて実践を積むことで、誰でも取り組めるものです(「GE式ワークアウト」や「アクションラーニング」、「ファシリテーション」などの書籍が参考になります)。全員が一度に参加することは難しいので、数人のメンバーの構成からスタートするとよいでしょう。

4. SOCを向上させる企業の取り組み事例

筆者は、某外資系生命保険会社の顧客サービス部門の従業員を対象に、「契約プロセスの効率化」をテーマにワークアウトを実施しました。従来はお客様からの契約申込受付~契約成立・保険証券発行までのプロセスにかなりの日数を要していましたが、このプロセスのどこにボトルネックがあるのかをチームメンバーで検証し、問題の特定、コストや対応期間などをもとに現実的な解決策を立案。上司への提案、承認、実行までをおこない、従来に比べ2~3日の所要日数の短縮を実現しました。

この取り組みの前後でストレス反応(抑うつ感)やSOCがどう変化するのか、介入を実施する学習群と非学習群で違いがあるのかを比較。ワークアウトによる介入が、SOCの向上やストレス反応(抑うつ感)の軽減に影響するのか否かを目的とした研究です。顧客サービス部門の従業員70名を対象として、ワークアウトによる介入および質問紙調査を行い、その結果から次のような点が明らかになりました。

(1) 学習群に対するワークアウトによる介入により、介入後のストレス反応(抑うつ感)の軽減とSOCの向上に一定の効果が確認されまし
  た。
(2) 実施しない非学習群との比較でもストレス反応、SOCともに有意な差がみられました。
(3) 介入後に一定の効果が確認できましたが、半年後の調査では介入前よりも改善はしているものの介入後より数値が低下していました。

以上のことから、介入効果の持続性に課題はあるものの、ワークアウトがメンタルヘルス対策に有効であることが明らかになりました。実際の職場の問題解決に取り組むプログラムであるため、メンタルヘルスへの有効性だけではなく、組織の生産性向上や業績向上に寄与する点がポイントです。専門的な知識がなくても実践できるため、コストや専門人材の不足等からメンタルヘルス対策に十分取り組めなかった中小企業においても、今回の問題解決手法は実施可能な取り組みのひとつでしょう。

今回は組織の取り組みについて述べてきましたが、次回は、働く個人が取り組める効果的なストレスコーピングをご紹介します。

  • 参考文献
    ▶ アーロン・アントノフスキー,山崎喜比古 他訳『健康の謎を解く ストレス対処と健康保持のメカニズム』有信堂高文社,2001, p24-7,124-38,149-88,222-5. 
  • ▶ 山崎 喜比古 他編『ストレス対処能力SOC』有信堂高文社,2008.

著者:宮川 浩一(みやがわ・こういち) (株)ネオシステムEAP事業部長 国際EAPコンサルタント(CEAP)
組織開発や職場環境改善を通じた0次予防のメンタルヘルス対策を推進。組織コンサル、経営者・従業員へのコーチング・カウンセリング、企業研修・各種セミナー等を通じたEAPサービスを提供している。また、筑波大学大学院においてストレスマネジメント研究に携わり、現在もストレス対処能力を醸成する中核概念であるSOC(首尾一貫感覚)の介入研究に取り組んでいる。

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