2019年4月12日

デザインの力を経営に活かす

日本の政府もメディアも「デザインの力」を経営に活かすと大きなメリットがあるとしています。それはどういうことなのでしょうか? 実例をもとにご紹介します。

1. デザインへの投資は4倍の見返り!?

デザインの力、あるいはデザインの手法を経営に取り込むことが、新事業を立ち上げる上でも、事業のあり方を変えて競争力を高める上でも有効である─。ここ数年来、こうした見解が日本のメディアの間で見受けられるようになってきました。

また、そのように主張するのはメディアだけではありません。経済産業省も、デザインを日本企業の競争力を高めるカギとして位置づけ、2018年5月には「『デザイン経営』宣言」と題したレポートを公表しています(*1)。この宣言によると、デザイン経営が企業にもたらすメリットは大きく、一例として、「デザインに投資すると投資の4倍の利益が得られる」という英国の調査(*2)を紹介しています。

では、なぜデザインがここまで重視されはじめているのでしょうか。

経済産業省の宣言によれば、企業にとってのデザインとは、「企業の価値や文化を商品やサービスと顧客との接点を通じて表現する営み」であるといいます。

デザインによって、商品の外見やブランドの好感度が上げられるばかりではなく、顧客とのあらゆる接点を通じて、企業固有の価値・意思・文化にもとづく一貫したメッセージが伝えられるようになり、それが結果的に、顧客にとって「ほかでは代替できないブランド」の構築につながっていくとされています。

また、デザインは、人々が気づけなかった潜在ニーズを掘り起こす営みでもあり、新規事業を構想する上でも、きわめて有効であると経済産業省の宣言は指摘しています。

もっとも、こうした言葉だけでは、デザイン経営が具体的にどのようなもので、どういった効果が得られるかが、つかみづらいともいえます。そこで以下では、デザイン経営の実践によって新事業の立ち上げに成功した事例をご紹介します。これは、山梨県の半導体加工事業者の株式会社塩山製作所が、マグヴィスワイナリー(以下、MGVsワイナリー)という新しいワイナリーを立ち上げた事例です。

 

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2. 工場からワイナリーへの転換で必須だったデザイン

MGVsワイナリーは、第二工場である勝沼の半導体工場を再利用するかたちで2017年4月に創設されました。塩山製作所は、半導体加工品(以下、半導体部品)の委託製造を手がける会社です。同社の代表取締役社長で、MGVsワイナリーの代表取締役でもある松坂浩志さんは、ワイナリー創設の経緯をこう振り返ります。

「半導体部品の需要は増大を続けていましたが、一方で、半導体のライフサイクルはどんどん短くなり、かつ、コスト競争も厳しく、国内の半導体生産量も先細りが目に見えていました。そこで開発の機能だけを日本に残すかたちで、生産機能のほぼすべてを海外に移転し、日本では工場の資産を活用して新事業を立ち上げる検討をはじめました。その結論として導き出したのがワイナリーの立ち上げだったのです」。

MGVsワイナリー代表取締役の松坂浩志さん(右)と株式会社エムテド代表取締役の田子 學さん。

半導体加工の事業者がワイナリー事業に進出するというのは、過去に例を見ないような取組みです。それでも松坂さんには、いくつかの点で勝算があり、また実現したいビジョンもあったといいます。

「勝算のひとつは、工場の立地です。工場のある甲州市勝沼町は景観がよく、ブドウ栽培にも適しています。また、私の実家はブドウ農家で私自身もブドウ栽培に一定の知識がありましたし、周辺には100年以上続くワイナリーがいくつもあって優れたブドウ栽培家や醸造家が雇用できる見込みもありました」。

また、塩山製作所が培ってきた「ものづくり」のノウハウと技術力も、ワインづくりに活かせると、松坂さんは考えました。

「半導体部品の製造もワインづくりも、同じものづくりです。生産プロセスや品質管理プロセスに本質的な違いはなく、塩山製作所のものづくりノウハウがワイン生産にも活かせると考えました。また、工場にはワインの醸造所にほぼそのまま転用できる“クリーンルーム”もありましたし、私たちはハイテク産業の技術者の集まりです。ブドウ栽培やワインづくりの経験では創業100年ワイナリーにはかなわないとしても、技術の力や科学の力でその差は埋められると考えたのです」。

半導体工場のクリーンルームを再利用して作られたMGVsワイナリーの醸造所。

一方、ワイナリーの立ち上げで松坂さんが描いたビジョンは、地域への貢献です。具体的には、地元でとれたブドウだけをワインづくりに使い、地域に収益を還元しながら、地域とのつながりによって長期的に事業を育んでいくことをめざしました。

「私がワイナリーでめざした事業は、半導体事業のように技術が目まぐるしく変化し、習得したことがすぐに使えなくなるような事業ではなく、もっと息の長い事業です。ですから、立ち上げるワイナリーについては、地域にしっかりと根をはり、この先100年以上の存続が可能なものにしたいと考えました。それが、地元産のブドウのみを使ったワインづくりにこだわった理由です」。

このビジョンに共感し、ワイナリーのアートディレクションを一手に担うことになったのが株式会社エムテド代表取締役の田子 學さんです。

田子さんは当時、山梨県工業技術センターで地方創生の支援にあたっていました。その工業技術センターに、ワイナリーのブランディングを担うデザイナーを探す松坂さんが訪れたのが、2人の出会いのきっかけでした。そして、この出会いが、デザインの力を活用したMGVsワイナリーの創出へとつながったのです。

「受託製造だけを手がけてきた塩山製作所は、自社ブランド製品を持ったことがなく、ブランディングのノウハウが全くありませんでした。そこで、ブランディングの専門家を工業技術センターに問い合わせたところ、田子さんを紹介してくれたんです。それが縁で、ワイナリーの立ち上げからかかわってもらうことになりました」。

3. 歴史、文化、ビジョンのすべてをデザイン表現する

田子さんは、工業デザインやビジュアルや空間といったコミュニケーションデザインを手がけるアートディレクターであると同時に、「デザインマネジメント」と呼ばれる手法の専門家です。慶應義塾大学大学院の特別招聘教授として、デザインマネジメントの概念を取り入れた講義も展開しています。

田子さんによれば、デザインマネジメントとは、商品やブランド、あるいは組織が持つ世界観を統合し、戦略的にデザインを実行する概念、あるいは手法といいます。この手法では、構想の段階からデザイナーが新商品開発やブランディング、新事業創出のプロジェクトにかかわり、色や形といった外観だけでなく、ステークホルダーへの提供価値を多角的に決めていくといいます。

実際、MGVsワイナリーのブランディングにデザインマネジメントの手法を適用する上で、田子さんは松坂さんへのヒアリングを徹底して行い、ワイン、ならびにワイナリーの研究にも取組みました。その上で、「屋号」「ワインボトルのラベル」「ショップ」「庭園」など、すべてのデザインにおいて、ワイナリーの思想・歴史・文化を表現し、メッセージとして伝えたり、ほかのワイナリーにない空気感を演出したりすることに力を注いだといいます。

そのなかで、田子さんがこだわったひとつは、ワイナリーの前身が半導体工場であるという、「通常ではありえないような歴史」(田子さん)を心地よく伝えることです。また、田子さんが何よりも大切にしたのは、松坂さんが掲げた地域還元のビジョンだったといいます。

「これからは、商品の機能や性能、あるいは美味しさだけではなく、作り手の思想・歴史・文化が創りだす物語に人が共感することで、商品が売れていく時代です。その意味で、MGVsワイナリーのビジョンには可能性を感じましたし、そのビジョンをデザインでしっかり伝えることが、自分の重要なミッションだと考えました」(田子さん)。

田子さんのこうした考え方は、MGVsワイナリーのさまざまなデザインに昇華されています。たとえば、MGVsワイナリーのラベルのデザインは、半導体部品の品番を思わせるアルファベットと数字の組み合わせからできています。このうち、アルファベットはブドウの「産地」を、数字は「収穫場所」「仕込み・原料処理方法」「製造方法」を表しています。これにより、地元のブドウのみでワインをつくっていることを表現し、かつ、ブドウの産地/品種でワインを選び、楽しむという文化の定着をねらっています。

MGVsワインのボトルラベルはブドウの産地や品種を表現している。

ちなみに、MGVsワイナリーでは、醸造所のワイン発酵用タンクにイタリア製を使用していますが、その温度コントローラーは塩山製作所のエンジニアが独自に開発したものです。その完成度の高さに驚いたほかのワイナリーから、コントローラーの購入希望が相次ぎ、想定外のビジネスにもつながっているようです。また、ワイナリーの必需品といえるテイスティング用のサーバーも、松坂さんが自作したものです。こちらも、ほかのワイナリーから引き合いがあったといいます。

ショップのデザインでは、気軽に地元産ワインに触れられる空間づくりをめざした。

そのショップの床には、半導体工場で使われていたアルミの床材を使用したり、工場の配管に使われていたパイプ類を各所にさりげなく配置したりなど、「半導体工場であった歴史を、“冷たい”印象を与えずに伝えることにも力を注ぎました」と、田子さんはいいます。

ワイナリーの床の一部には、半導体工場で使われていたアルミの床材を再利用。

そして、かつてはクリーンルームだった醸造所も、大型のガラス越しにショップからその状況がいつでも確認できるようにしています。これにより、ワイナリーの歴史・技術力、あるいは科学の力を伝える景観として、醸造所を機能させています。

かつてのクリーンルームは醸造所となり、ショップの景観に。

ちなみに、MGVsワイナリーでは、醸造所のワイン発酵用タンクにイタリア製を使用していますが、その温度コントローラーは塩山製作所のエンジニアが独自に開発したものです。その完成度の高さに驚いたほかのワイナリーから、コントローラーの購入希望が相次ぎ、想定外のビジネスにもつながっているようです。また、ワイナリーの必需品といえるテイスティング用のサーバーも、松坂さんが自作したものです。こちらも、ほかのワイナリーから引き合いがあったといいます。

ワイン発酵タンクの温度調節コントローラーは塩山製作所のエンジニアが自作した。
ワイナリーのテイスティング用サーバーは松坂さんの自作品。

「テイスティング用サーバーはとても高価な製品で、既製品を購入すると数百万円の出費は強いられるのですが、松坂さんが、“そんなに複雑な仕組みじゃないよ”とすぐにつくってしまったときには驚きました。温度コントローラーもそうですが、ワイナリーの立ち上げのときにエンジニアの技術力や科学の力は活かせると見た松坂さんの読みは正しかったといえます」(田子さん)。

4. デザインで文化を伝えて拡散する

先に触れたとおり、田子さんはMGVsワイナリーの構想段階からプロジェクトにかかわり、デザインマネジメントの手法に沿ったかたちで、ワイナリーと顧客との接点を含むすべてをデザインしてきました。

もっとも、松坂さんは当初、デザインマネジメントについての認識はなく、田子さんに依頼した仕事内容も、ワイナリーの「屋号」「ワインボトルのラベル」「ショップ」のデザインだけだったと打ち明けます。当時について、田子さんはこう振り返ります。

「屋号、ワインボトルのラベル、ショップだけでも、デザイナーとしてはうれしい依頼だったのですが、顧客が企業に接するところをすべてデザインし、文化や空気感を伝えるという意味では足らない部分がありました。たとえば、ワイナリーへのアプローチになる予定の工場の駐車場を見ると、そこにはジャリが敷いてあるだけ。このままでは建物の外観や内装をいくら整えても、オーナーの理念やワイナリーの世界観はお客さまに伝わらないのはもちろん、そもそも美味しそうなワインをつくっていると思ってもらえません。そこで、依頼にはなかったのですが、松坂さんに造園の必要性を訴え、納得していただきました。デザインマネジメントの仕事というのは、つまりはそういうことです」。

ワイナリーへのアプローチは、田子さんの進言により、駐車場に土盛りをして造園。(Photo by Junya Igarashi)

松坂さんは、こうした田子さんとのやりとりを通じて、デザインマネジメントの重要性やデザインの力を活用することの意義を強く感じたといいます。

「田子さんもいっていましたが、今日は機能や性能だけでモノが売れる時代ではなく、また、酒類についても、大手企業が大々的に宣伝をしたから売れるという時代ではなくなっています。大切なのは、“これを選びたい”“こんな商品が欲しかった”という消費者の潜在ニーズをどうつかむかで、そのために必要なことは、商品の背景にある文化や思想をデザインで伝え、文化・思想を理解してくれるファンを、ひとりでも多く獲得することです。そうすることで、ファンの一人ひとりが、インターネット上で製品の文化や思想を広めてくれて、ファンを増やしてくれます。こうした拡散効果を得ることが、これからの経営のカギといえるのではないでしょうか」(松坂さん)。

では、企業がデザインマネジメント、あるいはデザイン経営に取組むには、どうするのがよいのでしょうか。この問いかけに松坂さんは、こう答えます。

「私たちは田子さんと運よく出会えましたが、正直、それまではデザインの本質はおろか、デザイナーの仕事の本質すらわからず、対価の妥当性も判断できませんでした。おそらく、日本の企業の多くが、当時の私たちと同じ状況にあるように思えます。とにかく、デザイナーの仕事に対する理解を含めて、まずはデザイナーの方に相談してみること。それがすべての出発点のような気がします」。

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